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​平和を願う
「固まる折り鶴の輪」を
広げる

​代表者のプロフィール

1本社最大サイズの釉薬仕様と、固まる折り鶴安芸高田代表・國木祐二 .jpeg

國木 祐二(固まる折り鶴 安芸高田 代表)

1957年3月5日 

広島県の中山間地域、安芸高田市八千代町の兼業農家生まれ

地元の幼稚園 小学校 中学校 高等学校を卒業

1977年4月     

武蔵野美術大学(東京都小平市)に入学

演劇サークルで 舞台を多数経験

1982年3月       

同大学 造形学部 彫刻学科を卒業

広島の県立高校に臨時採用美術教員として勤務

広島県高校教員採用試験合格

1983年4月          

広島の県立高校美術教諭に採用 

教員生活では 美術部 演劇部 両部の顧問を常時兼務  美術の授業で陶紙(とうし)に出会い、制作と研究に没頭

2022年3月       

定年退職後、自宅の農地で「稲作」と地元特産の「はぶ草茶」の栽培に取り組む傍ら 、2023年3月 陶芸窯工房を設置し、陶紙の折り鶴制作と研究を再開  

広島市内で陶紙の折り鶴体験教室を試験的に実施

2024年6月     

陶紙の折り鶴体験事業を主催する「やきもの折り鶴 安芸高田」を起業

陶紙の折り鶴 → 陶器折り鶴 → やきもの折り鶴と呼称変更を繰り返し →「固まる 折り鶴」に名称を固定

2025年7月    

平和を願う折り鶴の輪を広げる目的で「千人つながる固まる折り鶴プロジェクト」を提唱し「固まる折り鶴ワークショップ」を始動

2026年1月       

「固まる折り鶴 安芸高田」に改名

2026年3月       

固まる折り鶴のホームページを公開予定


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私たちのモットー

「いい取り組みじゃねぇ。つづけんさいね。」(母の言葉)が決心の理由

私の母は女学生の時、学徒動員中に広島市内で被爆しました。母は自分が被爆したその時のことを、幼い私や姉弟に何度も何度も繰り返し話してくれました。

その母が、94歳で亡くなる数日前、児童、保護者が折った陶紙の折り鶴の群れを覗き込みながら、私に「いい取り組みじゃねぇ。つづけんさいね。」と言ってくれました。

母のこの言葉は、私の心のもやもやを吹き飛ばしました。固まる折り鶴と、私がやろうとしていることについて、母が口にした初めての「評価」だったからです。

私は、固まる折り鶴をこれまでとはちょっと違う折り鶴として発信したいと考えていました。例えば、千羽鶴はおりがみ用紙で手折りした千羽の鶴を束ね、慰霊と鎮魂、想い、願い、誓いと共に全部差し出す献納により、行為の重大さ、思いの強さを表現します。

固まる折り鶴も同様に思いを込めて陶紙を手折りします。こちらは陶芸窯で陶器にリボーンするので、完成したらそのまま手元に置いて一緒に過ごすタイプの陶器製の折り鶴になるのが自然です。

水を吸う性質を生かし、加湿器や香油のディフューザーとして使える長所を持ち、平和の折り鶴本来の目的である大切な方への鎮魂や慰霊に、自分自身の平和への想いや願いの発信に、戦争や核兵器廃絶への意思表示にも使えます。この「一緒に過ごせる陶器の平和の折り鶴」は、色々な意味や価値が見出せるだけでなく、ワークショップに参加すれば誰でも作ることができます。このような折り鶴を多くの人に伝えることを、母は「評価」してくれたと私は直感しました。被爆者や、被爆に繫がる全ての世代に、唯一の被爆体験を持つこの国の多くの人に、平和を願う世界中の人々に、千羽鶴のように「千人つながる平和の固まる折り鶴の輪」に育って欲しいと考えています。

にわかに戦争の足音が大きくなり、息苦しさが増しています。武力で人を傷つけ、生存を脅かし、街も生活も壊し続け、戦闘員も、無防備な一般人も、著しい人権無視と人命軽視が多発する戦争は、いつまでも終わりません。人の権利も、たった一つしかない命さえも奪う最大の差別であるのに、一度勃発した戦争は、どの国の国民も拒むことができないまま次々に引きずり込まれます。理不尽しかない戦争は、始まる前に止めなければなりません。千人つながる固まる折り鶴プロジェクトもそうですが、「平和を願う人の輪」が一人でも多くの人へ広がることが、戦争を始めさせない行為だと強く信じています。

「半農半X」という生き方について

現在、私は故郷(広島県)の中山間地域で兼業農家を営んでいます。2023年4月、裏庭に小さな陶芸電気窯工房を設置し、美術教員時代の経験を生かした固まる折り鶴事業と、所有する農地で「稲作」と「はぶ草(地元特産のお茶)」をオーガニック栽培しています。

4月~11月は、圃場作り~施肥~定植~灌水~養生~草処理、適期に収穫、加工、出荷を行い、折り鶴事業も月二~三回のペースでワークショップを行い、作品の窯詰め~焼成~納品と、一連の作業を繰り返します。厳しいのですが、日本中の似たような地域同様、農業だけでは生計が成り立たないのです。私も、両方の仕事を中途半端にしないよう楽しみながら汗を流しています。

固まる折り鶴に
​関するご質問

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